長嶺 ヤス子(Nagamine Yasuko)

3歳の頃からモダンバレエを学ぶ。19歳の時、故・河上鈴子門下生となり、スペイン舞踊に進む。

長嶺 ヤス子
ながみね やすこ
舞踏家
生年月日
出身地

フラメンコ
昭和11年(1936)2月13日
福島県会津若松市

長嶺 ヤス子 Biography

1960年 在学中の青山学院を中退し、単身マドリッドに留学する。血みどろの修行を経て、スペイン随一といわれるタブラオ・コラル・デ・ラ・モレリアに日本人として初めて出演し、絶賛を浴びる。
1975年 NHKホールでスペインの国民的詩人ガルシア・ロルカの長編詩「イグナシオ・サンチェス・メヒーアスへの哀歌」の舞踊化に挑戦。一人の闘牛士の生と死を踊って、芸術祭優秀賞と舞踊批評家協会賞を受賞。
1977年 「サロメ」では、女の魔性とエロティシズムの大胆な表現に成功してゴールデンアロー賞を受賞。
以後、ロック、アフロ、サンバなどとその創作意欲は留まるところを知らず、国境を超え、民族の別なく、その血とリズムを吸収しながら独自の世界を創り始める。
1980年 母なる日本に回帰し「道成寺」に挑む。形骸化しつつある古典舞踊を現代に蘇生させた踊りと絶賛を浴び、芸術祭大賞に輝いた。
1982年 宿願のニューヨークのリンカーンセンターで「道成寺」を再演し、3000名を超える観客を魅了。“東洋と西洋を結ぶ踊り”と評され、国際的ダンサーとしての評価を得る。
1983年 50人の僧侶による声明をバックに、人間の原罪と救済を追及した「曼陀羅」を上演。翌年、ニューヨークで再演し大反響を巻き起こした。
1984年 ニューヨーク公演「曼陀羅」カーネギーホール
1985年 「鷺娘」
1986年 「鬼婆」
1987年 「安達ヶ原」「浮世風呂」と伝統的な世界へオリジナルな発想をもって取り組み、注目を集める。
1988年 創作フラメンコ「ある恋の物語」
1989年 能の「鐡輪」、「オイディプスを愛して」
1990年 「うきふね」国立劇場、「ローレライ」中野サンプラザ
1991年 「羅生門」国立劇場、「メドゥーサ」中野サンプラザ
1992年 「雨月物語」国立劇場、「くろいわらべ唄」中野サンプラザ
1993年 「卒塔婆小町」(三島由紀夫作)国立劇場とエクイタブルシアター(ニューヨーク)
「宇受女」 中野サンプラザ
1994年 「三国妖狐伝」国立劇場、「炎のように火のように」中野サンプラザ
1995年 再演「鬼婆」国立劇場、「裸足の伯爵婦人」中野サンプラザ
全国13ヵ所で「僧侶と托鉢 行脚の旅」を行い、寺院の庭、四条河原、公園などで踊り、話題を呼ぶ。
1996年 「櫻姫」国立劇場、「娼婦マヤ」中野サンプラザ
1997年 「滝夜叉」国立劇場、「シバ」中野サンプラザ
1998年 「名月八幡祭」国立劇場、「サンセット大通り」中野サンプラザ
1999年 「ヤス子 炎 フラメンコ」(青山・円形劇場)と題して20年ぶりにフラメンコを踊る。
「三井の晩鐘」(国立劇場)「双頭の鷲」中野サンプラザ
2000年 「あるジプシーの女」(大崎ゲートシティーホール)「黒魔術の女」中野サンプラザ
2001年 「あるジプシーの女」(アートスフィア)「さいかく〜好色一代女」(国立劇場)
「ジプシー」中野サンプラザ
2002年 「ガラスの糸の上で」(アートスフィア)「妖花かつらぎ」(国立劇場)
「ジプシー」中野サンプラザ
紫綬褒章を受賞
2003年 「愛と死を抱きしめて〜白蛇伝」(アートスフィア)「オルフェ」中野サンプラザ



その他情報

【長嶺ヤス子】公式サイト http://www.k-kikaku1996.com/yasuko/yasuko_j.html



主な著書

「炎のように火のように」(文芸春秋社)
「ガラスの糸の上で」(文化出版局)
「1年ネコ組のイヌ」(集英社)
「消えなかったシャボン玉」(法蔵館刊)
「小さな命をだきしめて」(成星出版)
「いつもゼロからの旅立ち
 フラメンコ、創作舞踊、動物たち−魂が震える瞬間」(グラフ社)